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第7回 1962年チリ大会

【優勝国】ブラジル
【予選出場チーム】54
【本大会出場チーム】16
1950年のブラジル大会以来、1954年スイス大会、1958年スウェーデン大会と欧州開催が続いていたが、12年ぶりに南米へワールドカップが戻ってきた。1960年に大震災に見舞われ多くの被害を出したチリが大会の招致に成功したのだ。
ちなみに、「私たちには何もない。だからワールドカップを開催しなければならない」と語ったディトボルン・チリ協会会長は大会直前に亡くなり、残念ながら本大会を目にすることができなかった。
過剰にフィジカルなプレーの目立った大会で、前回大会優勝メンバーの内、多くの主力を残し優勝候補の筆頭であるブラジルは、早々に怪我でペレを失うこととなる。しかし、ペレより巧かったとさえ言われることもある天才ドリブラー、当時「悪魔の化身」と呼ばれ恐れられたガリンシャの活躍で、結局はブラジルが連覇を達成したのだった。
 この大会はまさにガリンシャの独壇場で、1986年のマラドーナと並んで評価されるほどその活躍が際立っていたといわれる。

第8回 1966年イングランド大会

【優勝国】イングランド
【予選出場チーム】72
【本大会出場チーム】16
第8回目にして初めて「サッカーの母国」で開催された1966年イングランド大会。ペレの負傷などもありグループリーグで姿を消した優勝候補ブラジルの敗退、そのブラジルを葬り去り初出場にして3位まで駒を進めたエウゼビオ率いるポルトガルの躍進、強国イタリアを破るなどしてベスト8進出を果たした北朝鮮の健闘など、話題に溢れた大会となった。
決勝はボビー・チャールトン、ゴードン・バンクス、ボビー・ムーアらを擁する地元イングランドと、若きベッケンバウアーを筆頭に好メンバーを揃えた西ドイツの対戦で、この試合でも、ゴールと認められたイングランドのハーストのシュートが本当にゴールラインを越えていたか否かが論争になるなど、とにかく話題に事欠かない大会だったといえる。最終的には母国の初優勝で幕を閉じることとなった。

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